[劇評]アステールプラザ平和発信事業「ヒロシマの孫たち2026」@JMSアステールプラザ多目的スタジオ(広島)

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広島に住んでいながら、公演直前の金曜日に案内が届くまで知らなかった舞台。被爆者の証言を、子どもたちが朗読し、ドラマとして演じる1時間でした。凄惨な時間だけでなく、学校が再開し、電柱が立ち、そこに電線が繋がっていくという「復興」までを証言として入れてきたのが素晴らしくて、被爆者の方が孫の世代に語り継ぎたかったのはここだったのかと深く理解できました。日曜朝11時の回で客席の入りはそれほどでもなく、そこだけがちょっと惜しい

劇団 アステールプラザ平和発信事業/NPO法人子どもコミュニティネットひろしま
題名 ヒロシマの孫たち2026
公演期間 2026年8月1日2026年8月2日
脚本

瀬戸山美咲

演出 宮地綾
出演者 常本紗
常本紬
東家圭希
藤田築
サントスリュウジ
村上徳教
井山琴乃
道下遥南
堀田涼葉
佃直樹
一柳舞果
下園夢乃
奥綾煕
市原真優
岸本夏芽
ウエダサユリ
劇場
JMSアステールプラザ 多目的スタジオ(中電前駅(広島))
観劇日 2026年8月2日(マチネ)

公演の2日前に、案内が届いて知りました

アステールプラザから案内のメールが届いたのが、公演直前の金曜日でした
土日公演ですから、知った時点でもう明日から本番です

手がかりは脚本のお名前でした
東京にいる頃に舞台を何度か見たことがあり、よくお名前を耳にしていた瀬戸山美咲さんが脚本を書かれている。それだけを頼りに、日曜の回を当日券で見ることにしました

広島に住んでいるのに、こういう舞台の情報が直前まで入ってこないのは、こちらのアンテナの問題でもあります😓

2014年から続いている活動だそうです
おそらく瀬戸山さんのスクリプトは当時書かれたものをずっと使われていて、それを毎年違う子どもたちが集まり、広島在住の演出家の方が新しく演出をして作り上げている。今年の演出は宮地綾さんでした

客席と舞台に段差のない多目的スタジオ

会場となったアステールプラザの多目的スタジオ(多目的ルーム)は、客席と舞台の高さに差がないフラットな構造です
そして客席が舞台を両サイドからぐるっと見合わせるような配置になっていました

部屋の構造をそのまま活かしているイメージで、演劇のための箱ではないところに演劇を持ち込んでいる感じがよく出ています

同じアステールプラザでは、以前「父と暮せば」も見ています

観客は、お子さん連れの親御さんや、私くらいの年代の男性など様々でした
ただ、客席の配置からしても、もともとそんなに多くのお客さんが入ることを想定していない舞台なのかもしれません。日曜朝11時の回ということもあってか、入りはそれほど多くありませんでした

千羽鶴を置く場所がなかった

上演前、子どもたちが客席の一人ひとりに声をかけて回ってきました

「舞台上に作られている広島の地図の上に、自分の家がある場所に千羽鶴を置いてください」

これがいい仕掛けだなと思ったのですが、僕はここでいきなりつまずきました
今住んでいる場所も、昔住んでいた場所も、爆心地からはずいぶん遠く離れた広島のかなり郊外(田舎)にあるため、地図の中に置く場所がないのです

いや、そこも広島なんですけどね😥

仕方なく、自分が通っていた高校の場所に千羽鶴を置いてから、お芝居を見ることにしました
市内中心部に通学していてよかった、と思う日が来るとは思いませんでした😂

ここからはネタバレします

証言の音声と、朗読と、ドラマと

物語は、被爆者の声と、その言葉を朗読する舞台上の子どもたち、そして被爆者の体験をドラマとして演じる劇とが組み合わされた構成になっています

証言そのものに対しての音声があり、そこにセリフと舞台演技が加わるというような演出も含めて、とても面白いものでした

広島の地図の上に自分を置く、という一点で、聞き手も演じ手も証言と地続きになる。上演前に僕が千羽鶴を置かされたのも、同じ設計の中に組み込まれていたわけです

軍人専用の旅館で、いいものをもらって自慢する女の子

被爆直前の広島の様子が、子どもたちの目線から描かれていました

軍人専用の旅館で将校からいいものをもらって友達に自慢する女の子。ここは戦時中の広島が、軍都としてどういう街だったのかがひとことで分かる場面でした
そして被爆当日、必死に父母を探す子どもたちの姿

大人の証言を大人が演じるのではなく、その証言の中にいた「子どもだった人」を、今の子どもが演じている。この距離のとり方が、この舞台の芯だと思います

電柱が立ち、そこに電線が繋がっていく

今までになかった目線で素晴らしいと感じたのは、その後の「復興」のプロセスもしっかりと被爆者の方の語りとして入っていた点です

学校が再開し、電柱が立ち、そこに電線が繋がっていく
その様子を描写している場面は、非常に感動的でした

ついつい被爆というと、最も凄惨で苦しい時間だけが証言として取り上げられがちです
そうではなく、被爆者の方々が子どもたちに語り継いだのは「そこから復興していく人間の素晴らしさ」でもあったのだと深く理解できました

僕が今回いちばん持ち帰ったのは、間違いなくここです
人々の力強さみたいなものが感じられる舞台でした

なぜ人は物を取り合い、戦うのか

もちろん復興の話だけではありません

原爆という悲惨な兵器のこと、そして「なぜ人は物を取り合い、戦うのか」という、本質的な問いかけもある舞台でした

証言を継ぐという行為は、ともすると出来事の記録だけで終わってしまいます
そこに「ではなぜそうなったのか」を子どもたちの口から言わせているのは、2014年から続けている活動の厚みなのだろうと思いました

1時間で、これだけの学びがあるとは

1時間ほどの公演でしたが、非常に学びが多い時間でした

そして何より、楽しそうに演じている子どもたちの姿が微笑ましかったです
題材は重いのに、演じている当人たちは芝居をやることそのものを楽しんでいる。それでいいのだと思いますし、たぶんそれがいちばん長く続く継ぎ方なのだろうとも思います

来年もまた違う子どもたちと、上演されるのでしょう(演出も変わってくるかもしれません)
次は直前の案内を待たずに、こちらから見に行きたいと思います

以上 アステールプラザ平和発信事業「ヒロシマの孫たち2026」の感想でした

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