[訃報]根津甚八さん 存在感の原点のあの劇団とは?

広告

根津甚八さんがお亡くなりになりました

舞台で拝見したことありませんが、映像の中での存在感は、独特のものがありました。言い方は変ですが、他の二枚目俳優さんと違い「土の匂い」を感じさせる俳優さんだったと思います。

元俳優の根津甚八さん死去 69歳…事務所が発表

2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。

早速、大竹しのぶさんも、追悼のコメントを発表されています。 「大竹しのぶ、根津甚八さん追悼「色気のある俳優さんがまた…

すごくステキな俳優さんで、20代の前半の頃、すごく憧れていて、共演もしていたので…」と、言葉を失くした。

近年、根津さんが俳優業から遠ざかっていたこもあり、「ご病気だというのを聞いていましたが、お会いする機会もなくて…。色気のある俳優さんがまたいなくなってしまった」と追悼した。

勝手な言い方ですが、僕が感じる「土の匂い]的な存在感と「色気」は、この場合同義語なのかもしれません。いずれにしろ、また個性的な俳優さんの訃報に接し、言葉を失ってしまいます。

独特の存在感の原点はあの劇団

最初はその独特の「存在感」が何に起因するか分からなかったのですが、大学で演劇に出会い、唐組の芝居を見たときにピンと来ました

同じ頃に、根津甚八さんは唐十郎さんが率いていた状況劇場出身だときかされて、やはりと思った覚えがあります。ちなみに、初舞台は、1970年の「ジョンシルバー 愛の乞食篇」だそうです。ネットを探し回ったところ当時のチラシの画像を発見しました。


確かに根津甚八さんの名前が見えます。そのほか、唐、麿、鷹の三つ揃い(唐十郎さん、麿赤児さん、大久保鷹さん)や、李礼仙さんや、四谷シモンさんと言ったアングラ演劇の重鎮の名前もあります!

 根津甚八さんの存在感は、舞台でしかも、観客と密接な空間で行わなれるテント芝居で培われていたのですね

時代の全く違うものの唐十郎さんの舞台に触れた僕は、その舞台上に若き日の根津甚八さんが、躍動する姿を妄想していました

大河ドラマでの抜擢を経て映像活動が中心に

1978年の大河ドラマ「黄金の日々」での抜擢を経て、映像活動に軸足を移されました。舞台の活動はあまり、なかったのか、三十年分の演劇の感想を含む演劇感想文リンクにも、出演作は2作品しかありません

とはいえ、1980年代の舞台作品まで網羅されているわけではなく、映像ブレイクからしばらくの舞台の足跡はよくわかりません。

以下は、演劇感想文リンクへのリンクです。 1990年作オフィス・ナイン」 2000年作オーファンズ」(劇評は読めません) 同じく状況劇場から巣立った小林薫さんや、世代はだいぶ違いますが佐野史郎さんなんかは、もっと舞台にも出ていらしたので、考え方が異なっていたのかもしれません

引き際も鮮やかに。芸名の由来との因縁を感じる今年

2010年にすっぱりと俳優業を引退されたのも、何かすがすがしく映像越しに見てきた根津甚八さんらしいと言えば、らしい生き方だったと思います(ご病気等あり、止む終えない事情だったとも伺っていますが)

映像ブレイクの、きっかけになったNHK大河ドラマの題材は、今年は真田幸村でした。

唐十郎さんに、真田十勇士の一人、根津の甚八から名前をもらった彼が今年、天に召されたのには何か因縁めいたものを感じてしまいます。

御冥福を心よりお祈りいたします

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です