[劇評]DULL-COLORED POP「演劇」@王子小劇場

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タイトルからはまったく内容を推測することができない舞台でしたが、見終われば確かにこれは、演劇でした。

劇団 DULL-COLORED POP
題名 演劇
公演期間 2016/5/14〜2016/5/29
谷賢一 演出 谷賢一
出演  谷賢一、東谷英人、大原研二、塚越健一、中村梨那、堀奈津美、百花亜希、井上裕朗、小角まや、渡邊りょう、中田顕史郎
劇場 王子小劇場(王子)
観劇日 2016年5月21日

先日、「ダルカラのエンゲキがタノシミ」ってエントリーも書いたので、王子小劇場という劇場名では最後の舞台になるDULL-COLORED POPの「演劇」を見てきました。

以下、ネタバレします。(公演期間はまだしばらくあるので、念のため)

【あらすじ】

ボクは、卒業式を間近にひかえていた。誰でもない、自分になるにはどうすればよいのかを模索するなか、ある出会いから彼は自分にしかなれないものをみつけ、それをあの子と目指す。
一方で、卒業式の迫った学校。ある問題のために、会議の打ち合わせ。校長、教務主任、担任、部の顧問、養護教諭、スクールカウンセラー。待ち構えるある保護者との対話に向けた対策会議が始まった

【感想】

■学校を舞台にした演劇と一言でいっても、学園モノではない。

学校という誰もが知っているようでいて実は何も知らないやなと思わせられる世界の様子を覗き見るような経験。知りたいような知りたくないような‥
先生にならなくてよかったと思わせるようなゾワゾワとする展開

一人の子供の一生を考える親、学年全員の数年間の結束を考える先生、数日後の卒業式が何事もなく終わることを求める教務主任、中立をただひたすらに求めるその他の参加者‥だれも悪くないのに、最悪の結果に着地する悪夢

演出された教員による事前の打ち合わせ、仕組まれた会議は、日常にある演劇的風景。ひるがえれば、教育現場とはかけ離れた自分の日常にも潜む風景。演劇的なものとは何か考えさせられました。

人生が演劇であるとか、使い古された概念も、語られていますが、けして表層的な意味ではなく、日常の中にあるより演劇的なものとはなにかを突き詰められていると感じました。

ま、簡単に言えば、面白かった‼️ってことなのだけど(笑)

 

■素舞台にちかい回り舞台を囲むような客席の配置。あえて、横に座りました。

 

回る舞台の活用が上手いなと感じました。歩くことによる距離感の演出、ある事象をぐるっとまわりから見ることのできる光景に魅入られたり‥
回り舞台ってもっと大仰な演出に使われているイメージがあったので小さな回り舞台を使った演出は、斬新でした。最近は珍しくないのかな(こんなシンプルかつ機能的な回り舞台が、あるなんて知りませんでした)

■俳優

子供役の百花さんの子供演技は最初は、気持ち悪かったけど、だんだんそのテンションに巻き込まれました。
日替わりゲスト(=あの子)は青年団の井上みなみさん。キャラが面白い。無駄なくらいに歌が上手いのが印象的でした。

子役と養護教諭役の二役が、みごとに対照的なアマヤドリの小角まやさんも印象的でした

直情的な全身ジャージ教師の東谷英人さん。自分とは真逆のキャラながら、一番共感してました。でも、僕はどちらかと言えば、井上裕朗さん演じる教務主任みたいな役回りになることが多い気がする‥、この井上さんのいやらしさと自然な悪党振りも印象に残りました

 

[谷賢一作品の劇評は以下]

Theatre des Annales「従軍中の若き哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがブルシーロフ攻勢の夜に弾丸の雨降り注ぐ哨戒塔の上で辿り着いた最後の一行“──およそ語り得るものについては明晰に語られ得る/しかし語り得ぬことについて人は沈黙せねばならない”という言葉により何を殺し何を生きようと祈ったのか? という語り得ずただ示されるのみの事実にまつわる物語」@こまばアゴラ劇場

[劇評]シアターコクーン「プルートゥ PLUTO」@シアターコクーン

[劇評]ジェットラグプロデュース「幸せを踏みにじる幸せ」@タイニィアリス

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