[書評]ピーター・トライアス「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」

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USJと聞けば、大阪にあるユニバーサルスタジオジャパンが、思い浮かびますが、こちらでは全然違います。
第二次世界大戦で、枢軸国が、勝利した世界を描いた歴史改変SF。著者自身も認めているように同じような世界観で描かれたフィリップ・K・ディックの「高い城の男」に強い影響を受けた作品の題名がUSJ即ち「日本合衆国United States of Japan」なのです。

目次

総天然色、ブレード・ランナー的な物語

 ディックの「高い城の男」世界は、全体にモノクロの世界を見たような読後感だったのですが、この作品は総天然色な物語というイメージ。
 スマホが「電卓」と呼ばれる世界で、インターネットは「機界」。(この世界では、電話がスマホに進化を遂げたのではなく、電卓にいろいろな機能が付加されて故人が手放せない小型コンピュータに進化したという世界)。

 カタカナが氾濫した現在を考えると、それはそれでいいなあと考えてみたり。この辺は、原作の良さも勿論でしょうが、翻訳者の中原尚哉さんの腕もかなりのものだと思いました。(こういう作品を読むと、原書を読めるような英語力も欲しいものの、翻訳ものを読む時の幸福を感じます。翻訳によって、原書よりも面白く感じることができているのではないかと感じます。)

 舞台となるのは、同じディックの作品でも、「ブレード・ランナー」的な猥雑な世界になっている1988年のアメリカ西海岸(ユナイテッド・ステーツ・オブ・ジャパン)が、この物語の主な舞台です。

「1984」を思わせるディストピアな世界

 こういう話だと、必ず日本が支配する世界はディストピアとして描かれますね

 プロローグまでは結構良かったのです。日系人収容所に皇国(大日本帝国)の軍人が日系人を開放しにやって来るあたりは、日系人の収容所での扱いなどを扱ったドラマなどを見た身には、こういう開放のされ方もよかったんだろうなぁと感じさせるシーンでした。
 ところが、その後で語られる小説世界では、特高警察と軍部が支配する世界で人々に言論の自由はなく、天皇は現人神として崇められています。
 ちょうど「1984」を思わせるディストピアぶりです。一方で、「1984」にはなかった無法地帯がそこここにあり、そこはそこで、狂乱が支配しているがゆえの地獄絵図が繰り広げられています。(狂的SM世界だったり、ゲームの敗者が死ぬ世界だったり…)

 小説の時代が、1988年になっているのは、何故だろうと思っていましたが、昭和天皇のなくなった1989年を意識していたのかもしれません。話の中で、皇太子の話が出てきますが、時代的には今上天皇陛下を指しているのかな。

 世界の経済もドイツと日本によって牽引されています。敵対する両国の情報をやりとりする場として、イタリアが出てくるという…イタリア人怒りそうですが、こうなるような気もします。

読みやすさ抜群。映画的なカット割

 個々の章がとても短いシーンの連続で成り立っており、とても軽快に読むことが出来ました
 特高による拷問や、非人間的な兵器の描写や、逆に主人公の一人を襲う反政府組織による拷問など、絵で見せられると結構むごいシーンが多発するにも関わらず、あまり重い気分にならずに読み進めることが出来たのは、個々の文章のキレの良さと、1章、1章が割りと短く、映画のシーンのように頭に描きながら読むことができたからだと思います。

それなりに?説得感がある歴史のif

 この小説の中では、ハッキリとは語られていませんが、枢軸国の勝因として、日独が、まずはソ連を、挟み撃ちにして倒した上で、対米戦争を始めたことが、勝因とされています。ソ連を分割統治し、その間にドイツとの間で共同で原爆開発。
 ロンメルが、東海岸に上陸した後に、真珠湾攻撃があり、アメリカは二正面作戦を強いられ、最後にはサンノゼに原爆を投下されて米国敗北という歴史。

 筆者(韓国系アメリカ人らしい)は、そういう所をとても良く調べていると思いました。

 筆者による本の紹介のおちゃめな動画は、以下です。

アニメの影響、ゲームの影響多数。

 日本人としては作中で語られる日本人に支配されたアメリカの陰鬱なディストピアは、ちょっといただけないところもあるのですが、アニメにでてくるそのまんまのような巨大ロボや、電卓ゲーム(コンピュータゲーム)に熱狂する人々の出現は筆者の日本に対する愛の表れなのかもしれません

 ロボットは、ある意味ギミックでしかありませんが、ゲームは、この物語の中ではとても大事な意味を持ちます。「高い城の男」の中で出て来るアンダーグランドに流通する歴史改変小説(そっちでは、連合国が勝っている)にあたるのが、この小説の場合、ネットゲームになっているからです。

 最後の謝辞にも、彼が影響を受けたたくさんの日本人や日本の作品(アニメやゲーム)が、出てきます

物語としては、良く出来ている

 世界観に賛否が、あったとしても、話は単純に面白かったです。
 二人の主役、特高の昭子と、ダメ軍人にして天才電卓プログラマーのベンの各々に苦しみを抱えています。

 昭子のあまりにもまっすぐな天皇陛下への忠誠心があり、肉親に対する愛情さえも、忠誠心が上回ります。それでいて、直情傾向があり、頭にくると何をしでかすかわかりません。

 ベンも、帝国軍人であり、両親を告発した忠義者という評判とは裏腹に食べ物とゲームに熱中するダメ人間。この二人が、やむにやまれず取り組むミッションの中で、愛情のような甘ったるいものではない、何か同志のようにお互いを思ったり、不信感のに囚われたりといった、感情の交錯が面白く、魅力的なキャラクターだったと思います。
 個人的には、ベンの複雑さとそれを隠す為のダメ男ぶりと時々魅せる男前な言動がなかなか刺さりました。

ギミックが多すぎで、長すぎの印象もありました。

 文庫本の場合、上下2巻に渡る物語、一気に読み終えたとはいえ、長さの割に要約するとあれっと思うほどのシンプルな話。もっと、スッキリしてくれても良かったかなとも思いましたが、そうすると各種ギミックの魅力がなくなるのかもしれません。総天然色に感じる読後感には、そういったギミックも多く寄与しているので、スッキリすればしたで、イマイチに感じたかもしれません。

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1 個のコメント

  • [書評]A.G.リドル「第二進化」 | 演劇とかの感想文ブログ へ返信する コメントをキャンセル

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