[書評]ジャレド・ダイアモンド著「危機と人類」

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ある意味タイムリーな読書になった。まさに世界的な危機に面した時に人がどのように、あるいは国家がどのように対応していくのか(変化していくのか)を具体的な事例で紹介する、著者らしい書籍だった
また、著者自身が親近感を持ってくれている日本に対しての偽らざる批判は耳に痛く、それでいて論理的かつ歴史的な事実からつきつけられており、いくつか考え方を変えないといけないと実感させられる本であった

目次

ジャレド・ダイアモンド氏の書籍。今度は近現代史における世界史

彼の著作の中で有名な「銃・病原菌・鉄」は、個人的にはかなり好きな本です
人類が何によって進歩してきたかをわかりやすく、論理的に説明してくれる本でした
その彼の最新作。危機に対して、国家あるいは世界はどう対応すべきかを彼なりの要素分解した上で、この書籍で取り上げられた危機に如何に対処したかを(あるいはするべきか)を分析しています

取り上げられた国は、7つ

本書は、七つの近代国家において数十年間に生じた危機と実行された選択的変化についての、比較論的で叙述的で探索的な研究である

とある。
特に明確な理由があるわけではなく、著者が在住した事があったり、詳しく知っている国が選ばれたとのこと。
対象は以下の国である
フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ

日本だけは、著者にとっては住んだこともなければ、言葉を話すことさえできない国であるが、それでも親族を通じて深く知ることのできる国であるとのことです。

買う前に、日本を取り上げられているとは知らなかったのですが、彼の分析による日本の危機対処方(しかも、日本については成功事例と今対処しなければならない危機を2つの章を割いて説明してくれています

著者の言う危機対処の為の処方箋

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  1. 自国が危機にあるという世論の合意
  2. 行動を起こすことへの国家としての責任の受容
  3. 囲いをつくり、解決が必要な国家的問題を明確にすること
  4. 他の国々からの物質的支援と経済的支援
  5. 他の国々を問題解決の手本にすること
  6. ナショナルアイデンティティ
  7. 公正な自国評価
  8. 過去に危機を乗り越えた経験
  9. 失敗に対する忍耐
  10. 状況に応じた柔軟性
  11. 価値観の共有
  12. 地政学的制約がないこと

上記のの12である
これらを著者は、まず個人的な危機管理との比較によって説明してくれました。 これがかなりわかりやすい
すなわち、個人においても危機を乗り越えるために必要なのは、自分が危機に面していることの自覚①であり、行動を起こす覚悟②であり、その行動すべき(変化すべき部分)とそうでない部分を分離すること③。
また、変化のための支援④と手本⑤を他人に求め、自分を誇りに思う⑥とともに過信しない⑦こと
もちろん、過去に困難な状況を乗り越えた経験⑧、失敗を犯したときのタフネスさ⑨、柔軟な対応変更を行う力⑩
上記のようなものが必要になる(価値観の共有は集団の特有の要素であり、地政学は移動等に制約がない個人にはあまり意味がない)
そして、これらは、国家にも適用可能だとしています。 納得せざるえない説明です

とても感銘を受けた3つの事例

どの事例も興味深く、学校の世界史の授業で習わないような話でスイスイ読めてしまうのですがその中でもとても印象に残ったのは以下の3つの国の危機対応でした

フィンランドの対ソ戦争

ヨーロッパの地理にあまり明るくないこともあり、フィンランドとソ連(現ロシア)との間がここまで近い(国境線を接している長さが長い)という実感はもっていませんでした。

そして、恐るべきソ連による侵攻を、食い止め自らの独立を守りきったフィンランドの死闘とも呼ぶべき戦争の存在も知りませんでした

自分としては、ロシアの反対側で接し、現在の様々な形で中国から圧力を感じる日本の姿とダブラせざる負えない部分が多数ありました

ここで述べられている現在まで継続しているフィンランドの独立を守るための現実的な政治スタイルは、日本の一部メディアや言論人が語る理想論とは程遠いものであり、彼我の差を感じてしまいました。

フィンランドがおこなったことの多くが実際、西側諸国の専門家を震撼させるのは事実だ。ソ連の逆鱗に触れないために、大統領選挙が延期されたり、大統領候補が出馬を取り下げたり、出版社が書籍刊行を中止したり、報道機関が自己検閲をした

フィンランド化と呼ばれる上記のような国家としての行動は、自らの独立を最上と考える小国が取れる数少ない選択肢だったのです

チリの軍事政権からの民主主義の復権

最初に左派政権が政権をとり、政権運営に失敗したことによる軍事政権の誕生したという歴史、そしてその軍事政権が経済運営に成功したために、誰もが予想せぬほどの長さその政権は続いたという話は、他人事とは思えず読んでしまいました

当初は、軍事政権が長続きしないと思っていた民衆は、やがてその軍事政権が長期化し、民主主義が失われるという経験をします

残虐な拷問や粛清が行われ、他国にいる自国民まで暗殺する政権

その軍事政権が長期化したのも、富の配分の不公平さは拡大したものの、結局経済運営をプロに任せ、経済を回復させたことにある。
民主主義が崩壊していく過程としてとても興味深く、それは 他国でも容易に起きるのではないかと思いながら読みました

例えば、現実化しませんでしたがアメリカで極左ともいえるサンダース上院議員が政権をとれば、(もちろん、素晴らしい政治をしてくれた可能性がありますが)反動で極右的な政権が生まれるかも知れません。

オバマ大統領が悪かったとは傍目には見えませんが、現在のかなり強権的なトランプ大統領の誕生も、軍事政権というほどの酷さではありませんが、やはり振り子が逆向きに振れすぎてしまった結果の様に見えます

日本において、現政権への反発が激しく、従来の自民党による政権に比べるとかなり左派の目から見ると目に余る強権を発動しているように見えます(公文書管理の問題など)。これも、その前の民主党政権という左派政権への日本人の不信感が、少々のことでは現政権が揺らぐことのない現状を形づくったのだと思います

ちなみに、チリの軍事政権から民主主義が回復する過程も興味深いものでした。様々な経緯の後、反対する勢力は、過半数を占めたもののその政策は多様に渡ったにも関わらず彼らは、それを乗り越え、政権としての統一性と経済運営の成功を導いたのです。(特に、左派政党が軍事政権前の経済政策や外交政策を否定し、中道派の意見を大幅に取り入れることで不安を取り除いたことは特筆に値します)

ドイツの第二次世界大戦における他国との関係の修復

誰でも知っていることですが、ドイツは、2度の世界大戦を引き起こすという歴史的な危機の後、東西ドイツに分割されました
そして、西ドイツは、東ドイツを国家として認めず、ポーランド等ナチス・ドイツ政権にひどい目にあった国々に対しての謝罪を拒んできていたのだそうです
どこかで聞いたような話ですが、あくまでも悪かったのは、ナチス政権幹部たちであり一般のドイツ国民には罪がないという意識が国民にありました
何人ものドイツ人がその意識を変えようとしてきました。そして、 最後にまさに決定的にそれを覆した人物がいます 

1969年に首相になったヴィター・ブラントです

実は、彼の名前は、僕は知っていました!。2005年に鹿賀丈史さんがまさにそのヴィター・ブラントを演じた「デモクラシー」という舞台を観たからです。


この舞台は、市村正親演じる東ドイツのスパイが西ドイツの首相秘書になったという話で、実は難解で僕自身あまり記憶に残っていません

ただ、劇中でブラントがポーランド外遊中に膝を折ってひざまずくシーンがとても印象的に描かれていました

当時その意味を把握することができていなかったのですが、今回この本を読んだことで、それを理解することができました。
そのシーンは、この本の中で、1970年ブラントが、ポーランドのワルシャワのゲットーを訪問した際の彼の行いを示していたのです

ポーランドの群衆の前でブラントはみずから進んでひざまずき、ナチスによる犠牲者数百万人を追悼し、ヒトラーの独裁と第二次世界大戦に対する赦しを求めた

その行為が計算づくでなかったがゆえに、異彩を放ち、そしてポーランド人の心に響いたということです

本書によれば、今、ドイツは、自国の戦争犯罪について非常に真摯に取り組んでいます。

一九七〇年代以降、<中略>子どもたちはナチスの残虐行為について詳しく教わり、校外学習としてダッハウ(筆者が訪れた地名)のように展示施設となっているKZ(=ユダヤ人捕虜収容所)の跡地を訪れることも多い

筆者も語るように、日本人の子供がこのように自国の残虐行為について学ぶ機会はあまりない。どちらかといえば、原爆被爆など被害者的な側面を強調することが多いと思います

勿論、アメリカやその他の国でもこのような教育をし、真摯に過去に向き合っている例はありません

だからこそ、ドイツのこの試みは、ドイツが2回の大戦で失った近隣諸国の信頼をとりもどすことができた事例として鮮烈に印象に残りました

耳が痛い著者の現在日本に対しての指摘

日本については、近現代史を褒め、現在には手厳しいというのがこの本の特徴です(著者は、日本については2度本書の中で取り上げてくれています)
明治維新も、素晴らしい危機への対応事例としてあげてくれているが、その一方で 現在の日本の危機対応については痛烈です

日本人としては、特に近隣諸国に対しての日本の謝罪が足りないという指摘は、上記のドイツの事例と引き比べられるとかなり耳が痛い。自分自身、なんで中国、韓国にこんなにいつまでも謝罪し続けないといけないんだと思う一方で、ドイツが行っている教育分野まで行き届いた過去への向き合い方を指摘されると、日本の態度が甘いと言われてもしょうがない部分があると感じました

また、日本が空前の資源輸入国でありながら世界の資源に対しての規制に消極的で環境問題についての意識が低い点についてもかなり著者の主張も手厳しいものに感じました

このように、日本は資源に乏しい国とみなすに十分な理由がある。となれば、日本は最大にしてずば抜けた量の資源を輸入する先進国なのだから、自己利益の追求から、世界に先駆けて持続可能な資源活用国をめざすはずだと期待する向きもあるだろう。とりわけ、日本が依存している漁業資源や森林資源については、持続可能な活用に向けてリードするのが合理的な政策となるはずだ、と

奇妙なことに、現実は逆である。世界自然保護基金アメリカ支部とコンサベーション・インターナショナルのディレクターの一人として、私はこのふたつの組織がかかわる各国の資源管理政策について多くの情報を耳にしている。とくに日本の政策についても、日本人の友人や同僚から多くの情報を耳にしている。どうやら日本は海外の持続的な資源政策に対して、支持は もっとも小さく、反対はもっとも大きい先進国であるようだ

近隣諸国についての問題意識は、自分なり持っていたつもりだったが、資源に対しての日本の振る舞いが筆者の目(だけでなく多くの諸外国)にはそのように写っていたのかと思うと、これについての自覚の無さに正直自分で自分にがっかりした
もちろん、筆者の現在日本が抱えている問題についての言及は上記の二点に及ばず広範囲に渡り、日本が対応を誤れば、将来にかなりの禍根を残すだろうと指摘してくれています

危機への対応の処方箋?

処方箋になっているわけではない。筆者も認めているように、事例を叙述的に述べた文章であり、何かを示唆するものではない。

しかし、読者が危機対応について考えるきっかけを得るにはこういう書籍を読むことはとても良い方法だと思いました

以上 ジャレド・ダイアモンド著「危機と人類」の感想でした

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