[書評]上田早夕里著「真紅の碑文」。悲惨な未来の世界で他者のために闘う人の物語

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前著の「華竜の宮」と同じ世界観、共通の登場人物を据えた続編。いわゆる今我々が騒いでいる環境問題を大きく上回る全地球規模の災害が予測される世界。ほとんどの人が自分の人生や自分の子孫に対して希望を持てない中で、自分のためではなく他者の為に動く人々の物語。そして、各々が考える他者の為の行動が相容れない現実に色々と考えさせられる小説でした
深紅の碑文(上) (ハヤカワ文庫JA)

前作に続く世界

この「真紅の碑文」は、上田早夕里さんのシリーズ作品の一つです。同じ世界観を共有する短編なども含め複数の作品がありますが、僕は長編の「華竜の宮」のみしか読んでいません。この「真紅の碑文」は、その作品と登場人物が多く重なる続編に当たる物語です。
前作の感想は、1年前に書いています

前作は、全世界がすでにかなり水没した世界が、 さらなる危機を迎える世界 での、一人の主人公(青澄)を中心に、疾走感のある物語でした
今までに読んだことのない作家さんでしたが、是非続編を読みたいと思っていたのですが、結局続編を読むまでに1年もたってしまいました

ここからはネタバレします

複数の物語ライン

前作はわりと青澄という男とそのパートナーとなる知性体のマキが物語の主流で他の登場人物の部分の割合は少なかった印象ですが、今回は主要登場人物が複数います

その各々のがとても魅力的な登場人物で、自分の役割と定めた目標に邁進する姿に惹き込まれます
大きくわけると3人の人物が、この物語の軸になっています

  • ザフィール(ラブカという海上民の海賊組織のリーダー。ただし、略取したものは、貧しい海上民に配っている一種の義賊)
  • 青澄(前作では外洋公館の外交官だったが、退職後バンディオンという支援組織を立ち上げ、貧しい海上民を支援している)
  • ユキ(絶望的な未来を待ち受ける中で、生を受け、人間を乗せることのない深宇宙探索船の開発する組織で奮闘する)

共通するのは、自分の為ではなく自己を犠牲にして目標に邁進することです。
そして、ぶつかり合います

青澄の経営に関する考え方が小説なのに胸をえぐる

前作の主役青澄の登場は、結構遅くてちょっと焦りました
マキも女性になってしまい、だいぶ奥ゆかしくなっています。マキの一人称による語りはなくなり、全て三人称の物語進行になっているのも前作とは大きく異なります

青澄は前作では割と一人で無茶をする若い外交官でしたが、年を重ね組織の長になって彼の仕事ぶりは、普通のビジネスマンとして有能さを示します

自分の判断だけで次々と物事を決裁し、細かい損失に囚われず、大局的な決断を即時に行う――。それは業種を問わず、組織のトップに立つ人間に求められる思考である

という言葉は、なんか小説を読んでいるというよりも、ビジネス書を読んでいるような気がしてきました。
そして、理想主義の権化のような青澄が目的を果たすために、やがて闇のネットワーク(政財界の大物たちが自分の利益のために取引するネットワーク)に自らを接続していく様は、少し目を覆うようなところもありましたが、執念というものを感じることができました

ザフィールの数奇な運命と強靭な精神力が印象に残る

ラブカというのは、海賊行為を働く集団ですが、その真の目的は自分たちの属する海上民たちの困窮を救うための略奪物の配布。
あるいみ、ねずみ小僧( 古い!)的な義賊ということです

ザフィール自身は、海上民でありながら陸上で教育を受けた医者であり、けして海賊になるような人物ではありません
そんな人物が、なぜ救援物資を運ぶ船まで襲うラブカの頭目になったのか。

そこまでの悲しい物語や、彼がそうなる決意のきっかけになった人類が作りうる虐殺機械の恐ろしさの描写は正視に耐えないものであったように思います

彼のことを評価した青澄からの説得虚しく、最後まで仲間の為に海賊行為を行い、陸上民の手段を選ばない攻撃に一矢報いつつも最後は死を遂げる壮絶な人生はこの物語の中でもっとも印象に残る、そして暗い気持ちになるエピソードでした

アキーリ計画に託された希望

確かに、人類が全存在をかけ激しい闘争を続け、準備を進めたとしても生き残れるかどうかさえわからない状況の中で深宇宙に人の乗れないロケット(物語の中ではアキーリと名付けられた)を打ち上げるという計画は、無謀かつ無駄な試みに見えます

それでも、そういうことをするのが人類の良いところ。そして希望なのだ

とこの物語を読む中で感じました
その希望を背負うものとして最も若いユキは、この物語中で死なない新世代の一人として奮闘していく姿が描かれます

彼女は、技術者としての教育を受けながら、様々な人々に接することになる広報の担当になり結果として、悲惨な人類の未来ではなく子供のような純真さで宇宙を目指すために自己犠牲をする人々に触れていきます

彼女自身の成長よりも、そういった中で彼女が出会う人々が全て魅力的で、読んでいて楽しくなるエピソードが満載でした

宗教の理想形かな。教団(プレジェ)の存在

もう一つ印象に残ったのは、全ての神を信じるものを受け入れるという教義の元で活動をするプレジェという教団の存在でした

教団の一人であるアニスが、青澄にとって大事な存在になること去ることながら、このような教団が現在に存在してくれれば、世界から多くの争いはなくなるだろうにと思いました

今の世界情勢における宗教の複雑さを考えると、こんなシンプルな宗教が力を持った世界はその点においては平和だなと。

ただ、このような宗教が成立せざる負えないほどに世界が終局にむかっているということなのかもしれません
逆に言えば、今の世界が平和だからこそ、宗教が乱立しているのかも(そして宗教同士が争うのかも)と思いました

いろいろ考えさせられる描写でした

次は中短編に挑戦。他の作品も気になる

このシリーズには、他にも中短編で構成されており、また下巻の解説によれば後続の話も中短編で構成されるようだ
骨太の長編を読み終え、この世界からの没入による疲れが少しほぐれたら、中短編によりまたこの世界に戻ってきたいと思っています

以上 上田早夕里さん著「真紅の碑文」の感想でした

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