[書評]ケヴィン・ケリー「<インターネット>の次に来るもの ―未来を決める12の法則」

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完全に、ジャケ買いならぬ、タイトル買いしました。非常に示唆に富んだ文章が続くが、情報量が多いので、休み休み読んでしまいました。ワクワク読み進められる本ですが、意外に賞味期限は短いかもしれません。

■ビカミングから始まり、ビギニングで終わる

この本は全ての章題が、以下のように動詞になっています。

  1. BECOMING|ビカミング
  2. COGNIFYING|コグニファニング
  3. FLOWING|フローイング
  4. SCREENING|スクリーニング
  5. ACCESSING|アクセシング
  6. SHARING|シェアリング
  7. FILTERING|フィルタリング
  8. REMIXING|リミクシング
  9. INTERACTING|インタラクティング
  10. TRACKING|トラッキング
  11. QUESTIONING|クエスチョンニング
  12. BEGGINING|ビギニング

BECOMING(〜なっていく)から、BEGGINING(始まる)までの全12章。一つひとつにとてもワクワクするネタが詰まっているのだが、とても全章を紹介してられないので(実は、印象に残っていない章もあるし….)、印象に残っている章をしかも順不同で、紹介していきます。

■今が、時代の転換点

インターネットが本格的に登場して30年たつていない。僕自身が意識したのは、1995のウインドウズ95が、出たあたりだろうか。ネスケで、いろんなサイトを見て回っていたが、今のようなインターネットに接続できない生活をイメージは出来ていなかった
パソコン、スマートフォンから果てはIOTの末端のセンサーまで全てがネットワークに繋がる世界が現出しようとしている
最終章の「ビギニング」では、まさにこの第3千年紀のはじまりを未来人の目から見た姿を示している

これから何千年もしたら、歴史家は過去を振り返って、われわれがいる3000年紀の始まる時期を見て、驚くべき時代だったと思うだろう。この惑星の住人が互いにリンクし、初めて一つのとても大きなものになった時代なのだ(「BEGGINING|ビギニング」より)

意識していなかったが、何もかもが孤立していた世界から一気に何もかもがネットワーク化された世界に一世代の間に入って行くこの時代は、未来人が見れば体験したかったドラスティックな世代なのだろう
何がどのようにはじまりつつあるのか、この本では最新のITの動向を、少しずつ解き明かしていく

■常に進化し変わっていく世界。常に初心者であることが強いられる。

個人が使うテクノロジーがどんどん複雑になってくると、周辺機器ともお互いに依存するようになり、それは生きた生態系のようになっていくので、アップグレードを遅らせることはより破壊的な結果をもたらすことになる。現在進行中の小さなアップグレードを放っておくと、それがどんどん溜まっていき、最終的に行なわれる大きなアップグレードがとんでもなく大変なものになる。(「BECOMING|ビカミング」より)

 

 

この〈なっていく〉世界では、誰もが初心者になってしまう。もっと悪いことに、永遠に初心者のままなのだ。だからいつも謙虚でいなくてはならなくなる。(「BECOMING|ビカミング」より)

あっという間に、環境が変わり、過去のやり方が通用しなくなる。常に環境の変化に追随し、自分自身をアップグレードしていかないとついていけない世界。

僕自身、1990年台のちょうどインターネットが流行し始める頃、自分の知識/技術がおいつかない事で情けない思いをしたことがある。地方勤務で、ぬるま湯に使っているうちに、東京の本社が導入したLotus Notesというシステムの使い方をまったく知らなかった故に、同僚に大幅に差をつけられたと感じたときだ。

ちょっと(数ヶ月)の間に、社内のコミュニケーションのルールが劇的に変貌し、それについて来ていない自分に対して、会社の対応が冷たかった。その時の屈辱的な気持ちは忘れる事ができない。

驚いたのは、時代にあえて取り残されたアーミッシュさえも、インターネットを使っているという事実だ。

「アーミッシュのウェブサイトがあるんですか?」 「家業の宣伝用にね。店ではバーベキュー用のグリルを溶接してるんです」 「そうですか、しかし……」 「ああ、ネット用の端末は、公共図書館にあるものを使っています。ヤフーも使っています

 

■映画が一人で自在に作れる時代が来る?

「REMIXING|リミックシング」の中では、何もかもが、共有され自由に切り貼りされる世界の予測が行われている。テキストのリミックスは既にかなりできるようになっているが、ここでは音声や写真、画像、動画に至るまでのタグ付けと引用が自由にできる世界の出現を予測している

僕自身は、映画のような長編映像コンテンツを自在に一人とか二人でで作れるプラットなフォームができるといいなと夢想することがある。ここで語られるリミックスする世界がそれかもしれない。僕自身は、すごく簡単なフル3D CG作成キットのようなものをイメージしていたが、ネットにあるコンテンツを自由自在に拝借する方がおもしろそうではある。

勿論、全ての動画や映像コンテンツを自由に探し出し、組み合わせるような技術の革新は必要だが。

 加速するビットの流動性は今後30年でメデイアを乗っ取り、さらなる大規模なリミクシングを進めるのだ。
同時に安価でどこにでもある創造のためのツール(100万画素レベルのスマートフォンのカメラ、ユーチューブ・キャプチャー[YouTube Capture]、アイムービー[iMovie])は、動画を作る手間を一気に減らし、すべてのメディアにつきものだった非対称な構造をひっくり返した。(「REMIXING|リミクシング」 より)

■人生はトラッキングされ、分析することで新しい感覚を生み出す。

全ては、トラックされる。かつては、ロギングと言って、ライフログなんて言葉があり僕自身、自分の周りにあるものをドンドン、ロギングしていた時期があった。(カードの明細、銀行明細、読んだ本、面白いと思った記事をひたすらPDF化し、データとして溜め込み続けた)。でも、今は続けられていない。日記と同じで続けるのは難しい。
しかし、センサーやスマホが、一緒について回ることで、自ずとロギングしてくれる時代になってきた。大量の自らのロギングデータをこれからは、どう分析するかが大事に時代になりつつある。

数学ソフトのマセマティカを開発したエンジニアの試みは興味深かった。

自分で作ったマセマティカを使って自分のトラッキングデータを「自己分析」エンジンに仕立て上げ、過去数十年間の日常生活のパターンに光を当てた。たとえば「最も生産的になる時間」といった見えにくいいくつかのパターンは、データを解析してみて初めて分かったのだ。

 

■まだまだ、これから面白い時代が来る。目が離せない。

そう思わせる本でした。1度読んだだけじゃもったいない本でした。

ニューヨーク・タイムズはAP通信社に続いて、6月1日からインターネットの表記について、「Internet」を「internet」に変えると宣言した。ただ単に、最初の文字を大文字から小文字に変えるという話だが、つまりこれはインターネットが人名や会社名などを指す固有名詞ではなく、一般名詞になったということを公式に認めたことになる。APの編集者トーマス・ケント氏も「われわれの見解では、いまではそれは電気や電話のようにまったく一般的なものだから」とその理由を述べている。

出会ってまだ30年立たないインターネットは、今や一般名詞になった。その次に何が来るのか、本当に楽しみになってきた。

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