[劇評]立ツ鳥会議「午前3時59分」@ザムザ阿佐ヶ谷

広告

演技力が高く、器用な役者の力もあって演出として意図していることは十全に表現されているように思った。一方で、一人の人間の内面世界をひたすら追う心象風景ばかりが続く脚本はどこかで見たようなシーンばかりに思え、いまいち好きになれないまま芝居が終わった。
劇団 立ツ鳥会議
題名
公演期間 2016/09/022016/09/04
作/演出 植松厚太郎
出演 匂坂桜子(田舎から出てきた):鶴たけ子
新井場(バス会社正社員):荒川大
倉岡(バス会社バイト。バンドマン):中川慎太郎
泉(バス会社バイト。就職浪人):加藤歩美
志賀(バス会社バイト。二浪):津島一馬
向井(バス会社バイト。やる気0):石原夏実
劇場
ザムザ阿佐ヶ谷(阿佐ヶ谷)
観劇日 2016年9月4日(ソワレ)

 

■物語

どこか東京近郊の深夜バスの停留所裏の控室。正社員一人にバイトが何名かで回しているが、バイトにやる気がなく社員はその状況や自分がその状況におかれていることに常に苛立っている。田舎から出てきた匂坂は、そんな場所になんとか自分の居場所を探しにやってきた。周りにいわれるがまま、いい子であり続ける彼女は、しかしすこしづつ疲弊しつつあった。やがて、唯一の心の支えを失いそうになり…

■感想

この劇団は、3回目の公演で、僕自身は2度めの観劇です。前回は、ちょっと突拍子もない時代設定をごく少数のキャストで見せる独特の世界観と言葉とか会話の設計が秀逸だなという感想をもった舞台でした。

今回は、ちょっと期待ハズレでした。

■役者の演技力は、期待通りでした。

前回同様、個々の役者さんの力/演出の力は標準以上だと思いました。個々人が一人の役をやるのではなく、衣装もメイクも変えることなく(もっといえば、装置もまったくいじらず)別のシーン/別の役に切り替え、それが混乱なく客席に伝える力は素晴らしいと思いました。

■特にラスト近くのシーンは鳥肌モノでした。

芝居は、前半から中盤にかけて、主役の桜子の過去の思い出を、彼女の職場の風景とクロスオーバーさせながら語られていきます。そのため、桜子の役は固定で、周りの役者が各々桜子の過去の思い出の中の登場人物に変わります。ここまでは、よくあるシーンですし、演出です。

が、ラストシーン近くでこの役回りが逆転します。すなわち、桜子以外のキャストの風景に、桜子がその各々の役の中の人物になりきります。倉岡の母親であったり、志賀の妹であったり….これが桜子を真ん中に置き、電話をかけているという共通点だけで4つのシーン(4人の個々のシーン)を口調/声音だけで桜子が別々の4役を同時にこなしていたところは鳥肌が立つほど印象的なシーンでした。

■本がなぁ。

と、良い所もたくさんあったのですが、見終わった時の感想は、「何がやりたかったんだろ?」というものでした。

物語として、集点を合わせるべきは主役の桜子であることは間違いないのですが、彼女を中心に考えたとしても何も事件はおきず、淡々と物語が進んでいきます。

気が弱く何に対しても、気後れしていた主人公が、何かを吹っ切った(最後に洗井場を新聞紙でぶん殴るとか)というのが唯一の進展なのですが、そのきっかけだとかの説得力が弱く、「え、なんで?」という部分が残ります。

物語づくりとして、僕としては外してほしくない主人公の成長(変化)とその為の事件のリンクが弱く、印象的なシーンがただつながっているだけの話になってしまっていたのが残念でした。

さっき鳥肌が立つほどのシーンと書いた最後の主人公と周囲の役の立場が入れ替わって、主人公が他の役のヒトの思い出の中の登場人物になるシーンも、シーンとしてはかっこいいものの、物語の中の位置づけとしては何のためにあるシーンなのかピンと来ないものだったりします。

最後に、突然3時59分の意味を説明するシーンも、ピンとこず…何か消化不良というか整理がされないままのシーンのつながりを見せられたような気がしました。

 

[劇評]立ツ鳥会議「ゆうちゃんの年」@シアターシャイン

広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です