[劇評]「蜜の味・二等辺三角形」@「劇」小劇場(下北沢)

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劇団 「劇」小劇場
題名 蜜の味・二等辺三角形
公演期間 1997/09/24~1997/09/30
大岩真理 演出 宮田慶子
出演 小須田康人,椿真由美
劇場 「劇」小劇場(下北沢)
観劇日 1997年9月27日

【主観的あらすじ】

「蜜の味」

明転するとベッドの上に縛られた女性。両手と両足を縛られた女性がもがく姿が艶めかしい。それを縛りあげたらしい男が、弁当をもって帰宅する。その部屋が縛られている女性の部屋であり、女性はある風俗店の一番人気の女性。男はそこにかよいつめた客であることが語られる。
男と女は、お互いの事情を一人言のように少しづつ語る。独りごとのような会話はけして二人の理解につながることはなく最後に二人の出会いの時とは逆に女が男を欲しいが故に縛ることで初めてお互いの理解が始まる
最初の導入部分のあたりは、昔の映画の「コレクター」を思わせたのですが、全体的な印象は、やっぱり昔の映画の「愛の嵐」ににている気がします。密室の中で、お互いを罵りあい、それでいてお互いを必要としている姿が、映画の登場人物とダブります。

「二等辺三角形」

場転が済むと舞台は平凡な家庭の風景。小さな子供のいる現代的な家庭といった雰囲気。
風呂あがりの男。当然、男女の二人芝居だし、女の登場人物は、この男の妻だな。そうか、タイトルの「二等辺三角形」とは、子供を頂点とした夫婦関係を現しているのかな?とすると、会話は、どんな風になるのかな。と、ここまで予想したところで男の妻の友人が、登場。
僕の予想は総て的外れだったことが、判明する。二等辺三角形の頂点は、男の妻で、男と女はそれぞれ夫婦、あるいは親友という関係(三角形の二等辺)を構成する。結婚式のときに、あっただけの間柄の二人の間には、直接につながる辺(関係)はない。しかし、理由も告げずに5日間も出ていったままの男の妻のことを話すうちに、二人の間には共犯めいた意識も手伝ってしっかりとした辺ができて、二等辺三角形ができあがる。

蜜の味とは、まったく異なりコミカルな日常会話をする二人。
最初に脱いだ下着を洗濯かごに投げる演技で会場の雰囲気をまるで変えてしまう小須田さんの力に驚く。
椿さんは椿さんで蜜の味とは別人のように明るくて、一気にひきつけられる。初めてみる役者さんだが、目を離せなくなるほど魅力的でした。

【二本を通してみた感想】

作りとしては、あきらかに二つの芝居を15分間の休憩を挟んで連続上演したもの当然、二つの芝居は同じ人が演じていても、まるで違った印象に演じわけられている。上記のようにかたや、サスペンスタッチというか、芝居の間中、会場中が静まりかえり、息を飲むような緊迫感を持続させ、かたや、極々日常的な空間のなかで繰り広げられるコミカルな会話で、会場中を沸かせる。といったぐあい。脚本 、演出、役者、それに短い時間の場転 で、同じような作りの舞台をまるで違った雰囲気に作り替えてしまった装置担当の力に感服しました。

しかし、この芝居は、ただ二つの芝居を並べて上演したわけではないんだなと思うような共通点が随所にみえます。

二人の男女が、ある意味で強引に関係を構築していく構造(蜜の~はロープを使い、二等辺~は、アルバム等の小道具を利用して男は何の関係もなかった女との関係を作っていきます。
途中で一人になりたがる男

孤独な女、それでいて誰かとの関係を望んでいる

根底に同じものを抱える二組の男女のすがたを見せるのがこの2作品同時上演の意味なんだろうなと、二回目にこの芝居をみているときにやっと気付きました。

うーーん深いな(僕が浅いだけか)でも、文句なく傑作です。
本と演出と役者と劇場が、見事にマッチしていて心地いい。

ちなみに、両芝居をみて、一番心に残っているシーンは、蜜の味の中で、男がブラインドをあけて外からの光の中で、過去を語るシーンブラインドの使いかたがすごく新鮮で印象的でした。

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