長野県上田市に行ってわかった真田三代の歴史[北信州旅行記③]

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昨年の大河ドラマ「真田丸」に触発されて、長野県上田市に行ってきました。まだまだ現地は「真田丸」ブームで、町中のあちこちに六文銭の幟がたっています。もともとそんなに詳しいわけではなかった真田一族の歴史に触れることができました。また、真田丸の大河をDVDで見たくなってきました

上田観光名所としては、三つ

上田市には、真田一族についての観光名所はいくつかありますが、主なものは以下の3つかなと思います(他にあるかもですが、僕はこの3つしか足を運びませんでした)

上田城址

上田駅から徒歩15分くらいの場所にある一番行きやすい場所にあります。VRの上田城の再現(試しませんでしたが)や、櫓などを見学することができます

後述しますが、明治維新後、公園/神社として残ってきた経緯があるため、とても広い公園のような様相をしています。上田市立博物館も併設されていますが、真田丸目当ての観光客としては、別館の方が参考になりました

真田の郷

上田駅からバスで30分程かかる場所にある上田城へ真田家が移る前の真田家の館があったという場所。非常に広い範囲に真田家由来の神社や本城跡、幸隆・昌幸のお墓がある長谷寺などが点在している所で、徒歩で回るのは現実的ではありません

今回は、バスで行ける観光案内所「ゆきむら夢工房」とそこから歩いて40分程のところにある真田家の館跡と真田氏歴史館にのみ伺いました。40分の徒歩は、ちょっときつかったですが、季節柄リンゴのなっている畑を見たり、田舎町の情景を楽しみました

真田氏歴史館で、真田家の歴史や、真田の郷の他の史跡の写真をみることで、他の観光名所へ行くのはスキップしました

ちなみに、「ゆきむら夢工房」ではレンタル自転車も貸し出していますが、山城だった真田氏本城の周辺地域だけに、高低差が激しく電動アシスト自転車でないと厳しいと思いました。(電動アシスト自転車も貸していました)

幸村隠れ湯 別所温泉

厳密には、あまり真田家と関係があるわけではないようなのですが、池波正太郎さんの「真田太平記」では、度々お話の舞台になっており、いつしか幸村の隠れ湯なんて呼ばれているようです

上田駅発の別所温泉線にのって30分ほどにある温泉街で、古刹も多い歴史のある温泉街。今回泊まった宿(上松屋旅館)は、館内に真田十勇士の絵がそこらじゅうに飾ってあったり、無料で真田丸のドラマDVDを借りることができたりと今回の旅行の目的にフィットする宿でした

部屋食できた料理も美味しく、川魚と豚肉など信州料理を存分に楽しめました。(信州ワインも美味しい!)

ちなみに、別所温泉には北向観音という善光寺と対になる観音寺があります。そちらについては、以下の記事中に書きました。

真田家の歴史について学んだこと

真田三代って

上記のような観光名所を回ったことで、真田家の歴史に少し詳しくなれました(なれた気がします!)

なんとなく真田三代という言葉を聞いて、真田丸の印象で、昌幸、信幸、信繁(幸村)を思い浮かべでましたが、世代の話なので当然違います。昌幸のお父さん幸隆から数える三代というのが正しいようです

最終的に真田家を守り上田城主だった信幸(信之)より幸村が圧倒的な人気なので幸隆、昌幸、幸村という感じで展示されています

真田丸では、大泉洋さん演じる真田信幸も結構好きだったので、ちょっとこの扱いはかわいそうだなと思いました

ちなみに幸隆も最近の大河ドラマにでてました。山本勘助を内野さんがやった大河(「風林火山(2007年)」で佐々木蔵之介さんがやってました。(と、上記真田氏歴史館で知りました。見てたのに全然覚えていない…)

昌幸は長男じゃなかった!

もともとは三男坊で他家に当主としてもらわれていたのが、兄二人が長篠合戦で亡くなって、真田家に戻ってきたようです

そういえば、真田丸でもそんなこと言ってた気がします。一方で、信繁が、兄を助ける信尹(栗原秀雄さん)に憧れていた描写とかあったので、お父さんも同じ二兄弟と思ってみてました

この死んでしまった上二人の武将(信綱、昌輝)もなかなかに勇猛だったようで、真田の郷にはお墓などのあるお寺(信綱寺)もあります。(遠くて行けなかった)

上記の漫画の絵は以下の漫画の一シーンです。

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上田城は完全に破却されていた。

今、上田城跡とされている場所に昌幸が建てたお城は一度完全に破却されたそうです

家康、秀忠にしても、自分たちを2度にも渡って撃退した城をのこしておきたくなかったのでしょう

真田信之も江戸幕府に、なってすぐ松代に改易されたので、城の再建をしたのはその後城主となった仙石氏とのこと

その後、仙石氏も兵庫に改易されて、松平氏が上田城主として幕末に至りました

【真田神社にある真田幸村の碑】

明治維新後、一度は民間に払い下げられそうになったこの場所を、一市民が私財を投じて買い取り後に神社(現真田神社)に寄付。市へも寄付したことで現在の上田城跡になったようです。こんな歴史のあるお城が残るのにも、様々な人の思いが結集しているのだなぁと感慨深く感じました

番外編1 町中には可愛い真田十勇士像が

上田市の中を歩いていると、真田十勇士像がそこここにいます。(駅前に、地図があります)
全部は回れませんでしたが、歩いてて何人かに出会うことができました。

猿飛佐助像

霧隠才蔵像

根津甚八像

番外編2 街道の雰囲気が味わえる柳町通り

上田城跡からそれほどはなれていないこともあり、柳町通りにも足を伸ばしましたが、通り自体はあっという間におわってしまいました。

素敵な和服姿の女性が店員(店長?)の和装/古道具屋さんや買うために人がたくさん並んでるパン屋さん、毎日出店する店が代わるコラボ食堂(居酒屋)など並んでいるのでもっと楽しめば良かったのですが、昼食をすませ、夕食予定を決めていたので、本当にちらっと見るだけになってしまいました

夕食を共にした上田出身の方の話によると、昔の町並みはまさにこの柳町通りに並ぶ家々のような感じだったのが、どんどん開発されていき、このような町並みが残るのがここだけになったのだそうです

雰囲気のある良い町並みでした

以上 長野県上田市に実際に足を運んでわかった真田家三代の歴史についての記事でした

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