[劇評]H.Art.Chaos「Dolly/砂漠の内蔵」@世田谷パブリックシアター

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どういうわけか、僕は、二つの作品の中では、Dollyの方が切なさが響いてきて好きだった。ワイヤを使ったり砂を使ったりアングラ的な印象がより強いのは「砂漠の内臓」の方なのに自分で不思議。印象的なシーンも「Dolly」の方が多い。僕の心に残ったのは、最後の人差し指を乳首に見立てて吸い付く子供になるシーン。白河さんがいくつにもコピーされていくようなシーン。の二つ

劇団 H.Art.Chaos
題名 Dolly/砂漠の内蔵
公演期間 2000/11/10~2000/11/12
構成・演出・振付 大島早紀子
出演 白河直子、菊池久美子、勝倉寧子、北山徹子、木戸志乃、本徳亜希子、内田香、奥山由美子、西田弥生
劇場 世田谷パブリックシアター(三軒茶屋)
観劇日 2000年11月11日(マチネ)

Dollyと砂漠の内臓は、休憩を挟んだ別の演目として演じられる。

「Dolly」とは、例のクローン羊ドリーの事らしい。最前列で観たおかげで、一息一息の呼吸音さえも音楽の音に紛れることなく、観ている者の気持ちに響いてくる。
激しい動き、複数のライトで分割された舞台上の空間に、白河さんと同じ動きをするダンサーが次々に現れる演出。何か空けてはいけない箱(パンドラの箱?)を空けてしまった過ちと、それに続く苦悩とを示すラストシーン近くのダンス。そして最後の救いを示すシーン。どれをとっても印象的なシーンが多く、力技を感じる。

「砂漠の内臓」は、一変して舞台上に一面の砂。砂の中にさ迷う男(白河)、パソコンを使う設定等なんとなく現代の男の悪夢の世界を思わせる。ソファに対して不気味な現われ方をして坐る女性達の姿も悪夢っぽい。
天井から砂が降ってくるシーンは、蜷川幸雄の「真夏の夜の夢」を思い出した。どちらも夢を思わせる点も似ている。但し、蜷川版の方は、白い砂の柱がが森を形作っていたが、この砂漠の内臓では砂漠の砂嵐とかそういうものを示している印象。蜷川版に比べて物量的にも暴力的な印象を持った。
ワイヤワークスも美しい

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