鄭義信さんの「焼肉ドラゴン」は、高度成長期の大阪の在日の小さな家族の物語でした。韓国人俳優と日本人俳優の絶妙のコラボレーションや、井上真央さんの体当たりの演技、真木よう子さんの存在感などが印象に残る映画でした。在日の歴史の物語でありながら、普遍的な家族の運命の物語で、胸に迫るシーンがたくさんある名作でした
目次
鄭義信さんは、大好きな劇作家の一人でしたが…
鄭義信さんは、劇作家としては学生時代から知っている作家で、新宿梁山泊在籍時代に何度か舞台を観に行きました
学生のときは、無謀にも鄭義信さんの作品を上演したことさえあります(恐!)
そのときには脚本を読み込んだときに、感情にうったえかけるセリフであったり、男性が書いたとは思えないほどの女性の感情を緻密に描くところに凄さを感じていました(30年近い昔の話です….)
劇団を離れられてからの活躍を耳にしつつも、なかなか足を運ぶことができませんでした。今回は、名作と名高い「焼肉ドラゴン」を鄭義信さん初監督で映画化されたということで足を運びました。
舞台も随分みていないこともあり、結構新鮮な気持ちで観に行きました
最後に見たのは、ある意味鄭義信さんにとっては不本意な以下の舞台でした(何が不本意は、記事の末尾につけた追記を参照してください)
以下ネタバレを含みます
俳優陣とくに、韓国人俳優と日本人俳優のぶつかり合いがすごい
あまり韓流のドラマや映画を見る人ではないので、韓国人の俳優さんを見るのはほぼ初めてです
というわけで、今回の映画に出ていたイ・ジョンウンさんや、キム・サンホさんがどのくらい韓国映画界や舞台の世界で有名な方かは知りません
しかし、今回はこのお二人(主人公の母親役と父親役)の演技力に圧倒されました
韓国の方は、感情表現が激しいというのは勝手な印象だと思っていました
しかし、今回の映画の中でみたイ・ジョンウンさんの感情表現の激しさに圧倒されました。息子の行末についての夫との喧嘩、娘の結婚に喜ぶ姿、娘の結婚に驚く程の怒りを示す姿
この全ての演技に炎のような激情を見せます
日本の女優さんで見たことがない迫力です。代役が想像できない女優さんに久しぶりに出会えたと思いました
一方で、キム・サンホさん演じる父親の抑えた男の姿も、その妻役のイ・ジョンウンさんの演技との対比もあってものすごいパワーを感じます
単なる焼肉屋の親父というにはあまりにも迫力のある風貌でありながら、怒りをあらわさず常に冷静
言葉少ないその様子は、逆に秘めたものを常に感じさせる重厚さもありました。それでいて、なんか情けなさのようなものもあって…不思議な存在感でした
単なる日本批判ではなく、歴史に翻弄されるものとして運命を受け入れた父親の姿が感動的
そのキム・サンホさんが終盤に語る家族の歴史はそのまま、在日のある家族の歴史としてのリアリティがあります
単に、第2次世界大戦で戦争に参加しただけではなく、その後祖国である韓国に帰ろうとしていたのに行き場を失った様々な事件とその間ひたすら子供を守るために働き続けたという語り口は感動的です
彼の話の中に出てくる「済州島事件」については、耳にしたことはあったのですが今回再度調べてみました
李承晩が1948年に入り、南部単独での国家樹立を打ち出すと、統一派の反発が南部全域で強まりました。特に、済州島民は政権批判を強めました。済州島は李王朝の時代から弾圧と迫害の歴史を有しており、反体制的な色彩の強い地域でした 。
李承晩は自分に歯向かう「生意気な」地域の代表として、済州島を選び、見せしめに島民を大量処刑することに決めたのです。
この時、済州島に軍や警察とともに派遣されたのが西北青年団でした。ヤクザ者の彼らは島民を略奪・性的暴行・虐殺する「自由」を与えられ、その結果、島民の5人に1人にあたる6万人が殺害されて、済州島の村の大半が焼き尽くされます。
〜中略〜
さらに、1950年に朝鮮戦争が起こると、前回この連載で解説した保導連盟事件に連動し、済州島での取り締まりが強化されました。刑務所に収監されていた容疑者まで含め、大量処刑・虐殺が1953年の休戦の時を超えて54年まで続き、約28万人いた島民は3万人弱にまで激減したとされます。死体は海に投げ捨てられ、その多くが対馬や北九州に流れ着き、対馬や北九州の人々が埋葬し、供養しました
恐ろしい事件です。僕も、最近になるまで知らなかった戦後すぐに隣国で起きた悲劇は、この物語でも重要な役割を果たしています
日本の女優陣もすごい
この焼肉屋の三人娘を演じる真木よう子さん、井上真央さん、桜庭ななみさんがそれぞれ役柄にピッタリで良かったです
真木よう子さんの物静かでかつ何故か足を引きずっている謎めいた姿は、少しづづ謎が溶けていくにつれてその抑えた感情の理由がわかってきます。耐える演技がハマっていました
最後、悲劇に向かうことさえも受け入れる強さを感じる素晴らしい演技でした
井上真央さんは、言葉のしゃべれない韓国から来た男性と恋の落ちるシーンが印象的でした
「集めたうどん汁を自分のミスで全部こぼしてしまって悔しさで泣き崩れる男」と文章で書くとただのヘタレにしか見えません
ところが、これを韓国の俳優さん(イム・ヒチョルさん)が演じるとびっくりするぐらいの号泣をします。えぇぇぇぇ、そんなに泣くこと!!!と心の中で総ツッコミしていたのですが、あまりの身も世もない嘆き悲しみぶりに、井上真央さんがどんどんほだされる。そのこころの動きが伝わってくる表情の変化にゾクゾクと感じました
イム・ヒチョルさんの演技もすごく良かった(あんな号泣する男の人初めてみました)のですが、それに引き出されるように井上真央さんの心に沸き立つ感情が見えてくるシーンで、印象的なシーンでした
桜庭ななみさんは、これまた妻帯者と壮絶な男の取り合いをする気性の激しい演技。根岸季衣さんとの大立ち回りシーンは圧巻でした
関西弁な上に激高型というあまりみないタイプの大泉洋
正直、関西弁はどうなの…どうせなら関西弁ネイティブの役者さんのほうが良かったんじゃ..と正直始まったときは思っていました
ところが、大泉洋さんが演じる哲二の人となりがわかってきて役柄にあったキャスティングだとおもいました
最初の妻(井上真央さん)に働かせておいて、昼間から酒を飲む日々。そんな日本でうまくいかない自分の境遇を変えるために北に帰るという決断を下すという「情けなさ」と「プライドの高さ」の両方を内在する男…要はダメ男で、最後は女にすがりつくようなキャラクターは、彼の「十八番」の役の一つです
正直、彼の演技も相当よかったとおもったのですが、今回強烈なキャラクター、演技をする人が多すぎて少々演技が霞んだ気がします
最後は、屋台崩し!?
桜の花びらや飛行機が間近に飛ぶという場所の設定も、雰囲気があってよかったです
特に、一番最後、焼肉ドラゴンがなくなってしまうというシーンで、画面上で建物がバラバラと崩れていくさまは、テント芝居の屋台崩しを思い起こしました
黒テント、梁山泊などに籍をおいたことのある鄭義信さんらしい演出だなというのは穿った見方でしょうか。
以上 鄭義信さん監督の「焼肉ドラゴン」の感想記事でした
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