[劇評]新国立劇場「贋作・桜の森の満開の下」@新国立劇場中劇場

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哀しい体験だった。野田秀樹作品との付き合いは、既に12年近くになるが、野田秀樹のカリスマ性が終焉する場に立ち会った印象だった。芝居には、既に9年前のパワーはなく僕の胸に迫るものは何もなかった。野田さんか僕のどちらかが、共有できるものを失い既に野田さんの芝居に感動できなくなった自分を感じ非常に寂しい思いを感じた。

【2017/8/9追記】
2017年歌舞伎版も含め、キャスト一覧を記事にしてみました。そちらも良かったら参照ください。

追記ここまで!

劇団 新国立劇場
題名 贋作・桜の森の満開の下
公演期間 2001/06/01~2001/06/30
野田秀樹 演出 野田秀樹
出演 堤真一、深津絵里、古田新太、京野ことみ、入江雅人、野田秀樹、大倉孝二、犬山犬子、荒川良々、宮川大輔、平沢智、黒沢あすか、東地宏樹、金子あい、川端良香、松下哲、松島正芳、朱門みず穂、住吉世メ子、白井圭太、石村美伽、朝川真帆、宮下今日子、蟹江一平、福寿直子
劇場 新国立劇場 中劇場(初台)
観劇日 2001年6月16日(ソワレ)

ストーリー

92年に夢の遊眠社時代の作品の再演。(以下は劇場で配られたステージノートから抜粋)

ヒダの匠の弟子・耳男(堤)は師匠を殺害してしまうが、その直後にヒダの王家に匠と間違えられ連れ去られてしまう。そこにはやはり名人の匠を殺害し、匠と間違えられて連れてこられた山賊のマナコと、その素性を黙して語らないオオアマと名乗る名人も集められている。この3人にヒダの王が命じたのは3年の後に王家の姫の夜長姫と早寝姫の見を護るみほとけの仏像を彫ることであった。それぞれの部屋で仕事を始める3人だが、一向に進む様子はない。やがて約束の3年。姫の16の正月が来る。

 

感想

92年に見たときには、感動し、と同時に遊眠社の終焉を凄く感じた作品を今、野田地図がやるということに何かを感じていました。その予感は、悪いほうだけ当たりました。この芝居は何かの終焉を感じさせる芝居なのです。前回は、夢の遊眠社の、今回は野田秀樹自身の…

 

92年の作品は、鞠谷友子演じる夜長姫の演技が卓越しておりその演技だけで、十分芝居の元を取ったとおもったものです。と同時に、鞠谷さんと野田さん以外にこれといった目にとまる役者がおらず(既に主だった役者さんは遊眠社から旅立っていた)、遊眠社は劇団としてのパワーを失っていると感じた舞台でした。

 

今回はその意味で、期待していました。広く一般も含めたオーディションを通して驚くほど多彩なかつ実力派の役者を舞台上に揃えれば、この作品はどれほど強力なパワーをもって蘇るだろうかと…

 

結果的に言えば、期待はずれでした。野田秀樹さんは、多くの役者を効率よく使い切る力はもっておらず、強力なキャスト陣の力量を搾り出す力を今となってはもっていないとしか思えません。少なくともこの脚本において、映えていると感じる役者さんはいませんでした。古田さん、堤さんのお二人は最近「野獣郎見参」で競演を見たばかりでしたが、あちらのほうが何倍もかっこよかった気がします。深津絵里さんは、テレビでみたりするときは素敵だと思うのですが、前回みた作品(「農業少女」)とかも含め野田作品の出演を見ていて、どんどん演技が型にはまって行くような気がしてすきになれませんでした。

[劇評]野田地図「農業少女」@シアタートラム

最後の圧倒的な物量に物を言わせた桜の散るシーンは、息を呑むほどで、素晴らしいシーンであったことは認めます。しかし、そこに至るまでの感情の高ぶりを舞台上と共有することがどうしてもできなかったのです。

 

座席的には、若干見難い場所だったこと(15列の上手の一番端でした)が悪影響を与えているのかもしれません。あるいは、前作で鞠谷さんの大ファンになったことも見ている僕に邪念を持たせ、心から楽しめなかったのかもしれません。

今後、野田地図を見に行くときは、少し構えて見に行ってしまうような気がします。(確認の為、もう何度か見たいとは思いますが…)

 

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