「SaaSの死」やバイブコーディングが話題の今、少し前のメイカーズムーブメントを振り返ると、技術の民主化がどこへ向かうのかが見えてきます。熱狂の先に残るものと、経営者が取るべき向き合い方を考えます。
目次
AIブームから想起するメーカーズムーブメントとの相似
最近、「SaaSの死」という言葉がやたらと目に入るようになりました。AIエージェントやバイブコーディングが進めば、これまで買うしかなかったソフトウェアを、自分たちで作れるようになるのではないか。そんな期待と不安が入り混じった言葉なのだと思います。
ただ、こういう空気は今回が初めてではありません。少し前には、3Dプリンタや電子工作を背景にしたメイカーズムーブメントがありました。2005年のMake:誌、2006年のMaker Faire、そして2012年の『MAKERS』あたりが象徴的で、当時は「ものづくりの民主化」がかなり熱を帯びて語られていた記憶があります。
メイカーズムーブメントは、消えたのではなく染み込んだ
今の若い読者の方には、メイカーズムーブメントと言っても、ちょっとピンと来ないかもしれません。乱暴に言えば、「3Dプリンタ版の“誰でもつくれる”ブーム」です。個人でも試作品を作れたり、電子工作で新しいものを形にできたりすることが、新しい産業革命のように語られました。
でも、振り返ってみると、あれで世界中の工場が不要になったわけではありません。量産、品質保証、物流、法規制といった現実の壁は厚かった。だから革命という意味では、少し言い過ぎだったのではないかなあと思います。
その一方で、あの流れが無駄だったかというと、全然そんなことはありません。Fab Labのような拠点は今も世界中にあり、教育、試作、地域連携、起業の前段にしっかり根を下ろしました。つまり、熱狂は去っても、発想は社会に吸収されたわけです。これはかなり大事なことではないでしょうか。
バイブコーディングは、かなり似ている
いま起きているバイブコーディングも、構造としてはよく似ています。専門家しかできなかった開発の入口が下がり、個人や小さなチームでも、とりあえず動くものを試作できる。ここに面白さがあるのは間違いありません。私もバイブコーディングを試して、「営業日.com」という便利ツールサイトを最近公開したばかりです。実際にやってみると、「これくらいなら自分でも作れるかもしれない」という感覚が生まれるので、ここに多くの人が惹かれるのもよく分かります。
ただし、今回はハードウェアではなくソフトウェアです。ここが大きく違います。ハードウェアは部材や空間が必要ですが、ソフトウェアは複製コストがほとんどありません。だから、広がる速度も速いし、壊れたものが広がる速度も速い。ここはちょっと怖いところです。
実際、「SaaSの死」という言葉も、SaaSが明日なくなるという意味ではなく、これまで“買うしかなかった仕組み”の一部が、“自分で作る・AIに作らせる”領域に侵食され始めたことへの危機感の表現だと見る方が自然でしょう。IDCも、SaaSは死んだのではなく変態している、と整理していますし、OpenAIのBrad Lightcap氏も、企業プロセスへのAI浸透はまだ本格段階ではないと述べています。なので、ここは煽り文句として受け取るより、産業の役割再編のサインと見るべきかなと思います。
では、バイブコーディングはどこへ向かうのか
メイカーズムーブメントの盛衰を踏まえると、たぶん次のような流れになるのではないでしょうか。
1. まずは熱狂が来る
誰でも作れる、エンジニアでなくてもいける、という空気が強まるはずです。
2. 次に粗製乱造が起きる
小さな業務アプリや自動化ツールが大量に生まれる一方で、微妙に壊れているもの、作った本人しか分からないものも増えるでしょう。
3. その後に反動が来る
セキュリティ、保守、責任分界の問題が表面化し、「やっぱり野放しは危ないよね」という話になります。
4. 最後は制度化される
流行語としての「バイブコーディング」は薄れても、試作、部門改善、PoC、レガシー補修といった領域で、普通の仕事のやり方として残るはずです。
要するに、革命としては誇張されても、実務の標準としては残る。私はこの着地になる可能性が高いと思っています。
ビジネスマンや経営者はどう向き合うべきか
ここで大事なのは、全面禁止でも全面礼賛でもないということです。バイブコーディングは、たぶん業務の現場にかなり効きます。特に、小さな社内ツール、帳票補助、データ整形、部門単位のワークフローでは威力を発揮するでしょう。ここを試さないのは、ちょっともったいない。
でも、そのまま本番の基幹業務に突っ込むのは危ない。個人情報や顧客情報を扱うなら、なおさらです。そこは専門家に確認が必要です。
経営者がやるべきことはシンプルで、「試すが、統治する」だと思います。低リスク領域では積極的に試す。その代わり、保存先、版管理、承認手順、テスト、責任者は決める。たぶんこれから価値が上がるのは、AIで何かを作れる人そのものより、AIで大量に生まれる仕組みを、事業として安全に運用できる形に治められる人ではないでしょうか。
メイカーズムーブメントが教えてくれるのは、技術の民主化は既存産業をすぐに殺しはしないけれど、役割分担と価値の置き場所をじわじわ変える、ということです。「SaaSの死」を騒ぐこと自体には、あまり意味はないのかもしれません。むしろ問うべきは、自社はこの民主化を、混乱ではなく競争力に変えられるのか。そこなのだと思います。
古い本を整理していて、この本を見つけ思わず書いてみました。
もうアマゾンでも残り少なくなっているこの書籍、興味があれば読んでみてください


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