| 劇団 | 新国立劇場 | ||||
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| 題名 | 焼肉ドラゴン | ||||
| 公演期間 | 2025/12/19~2025/12/21 | ||||
| 作 | 鄭義信 | 演出 | 鄭義信 | ||
| 出演者 |
イ・ヨンソク: 金 龍吉 (56 焼肉店店主) コ・スヒ: 高 英順 (42 龍吉の妻) 智順: 金 静花 (35 長女) 村川絵梨: 金 梨花 (33 次女) チョン・スヨン: 金 美花 (24 三女) 北野秀気: 金 時生 (15 長男) 千葉哲也: 清本(李)哲男 (40 梨花の夫) 石原由宇: 長谷川豊 (35 クラブ支配人) パク・スヨン: 尹大樹 (35 静花の婚約者) 櫻井章喜: 呉信吉 (40 常連客) 趙 徳安(チョウ・トガン): 呉日白 (38 呉信吉の親戚) 松永玲子: 高原美根子 (53 長谷川の妻) 松永玲子: 高原寿美子 (50 美根子妹・市役所職員) 朴勝哲: 阿部良樹 (37 Acc.奏者) 崔在哲: 佐々木健二 (35 太鼓奏者) |
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| 劇場 |
新国立劇場(初台)
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| 観劇日 | 2025年12月20日(マチネ) | ||||
2025年12月20日、久しぶりに新国立劇場の中劇場へ足を運び、『焼肉ドラゴン』を観劇してきました。
本作は以前、鄭義信(チョン・ウィシン)監督自身の手で映画化もされており、私はそちらを先に鑑賞していました。映画版は大泉洋さんが出演されていたのが印象的でしたが、鑑賞から時間が経っていたこともあり、詳細なストーリーは少し曖昧になっていました。しかし、今回の舞台版を観ることで映画のシーンが鮮烈に蘇り、結果として「一度で二度美味しい」観劇体験となりました。
映画の感想は以下
今回は「日韓国交正常化60周年記念公演」というサブタイトルが冠されており、日本人キャストと韓国人キャストが入り混じる構成。舞台上では日本語と韓国語が飛び交い、韓国語のセリフには字幕が表示されるスタイルでした。中劇場の真ん中あたりの良席でしたが、老眼と近眼が混じった私の目には時折字幕が追いづらい瞬間もありつつ(笑)、物語の熱量にはしっかりと没入できました。
目次
五感を刺激する演出と、鄭義信ワールド
幕が開いて驚いたのは、そのリアリティです。 「焼肉ドラゴン」の名の通り、劇中で焼肉を焼くシーンがあるのですが、どうやら本物の火を使っているようで、煙が立ち上っていました。「新国立劇場のような大きな劇場で、火を使っていいの!?」と驚きましたが、この作品のために書き下ろされた戯曲という経緯を考えると、特別な演出許可が降りているのかもしれません。
また、印象的だったのが「水」の使い方です。 舞台上には簡易水道があり、長女・静花役の智順さんが足を洗うシーンが何度も登場します。女性の生めかしさと水の演出を見て、ふと思い出したのが、鄭義信さんが作・演出を手掛けた往年の傑作『千年の孤独』です。 新宿梁山泊時代の初期作品である『千年の孤独』でも、井戸で髪を洗う女性のシーンが非常に印象的でした。『焼肉ドラゴン』は『千年の孤独』が上演できなくなった後に書かれた作品という経緯もあり、ある種の手法やイズムが継承されているのかもしれません。
圧倒的なキャストの存在感
今回は「日韓国交正常化60周年」記念ということもあり、韓国からのキャスト陣のパワーに圧倒されました。
■ 龍吉と英順(アボジとオモニ)
父親役のイ・ヨンソクさんと母親役のコ・スヒさんの存在感は圧巻でした。映画版でも母親役の方の存在感が際立っていましたが、舞台版でもその強さは健在。 3人の娘と息子の行く末を案じ続ける両親。特に母親の「家族の女王」としての強さは、この時代特有のものなのか、韓国の文化的な背景によるものなのか、とにかく感情を揺さぶられる要素でした。
■ 哲男役:千葉哲也さん
映画版で大泉洋さんが演じていた哲男役を、今回は千葉哲也さんが演じました。大泉さんの若々しいイメージとは異なり、千葉さんの哲男は少し年を重ねた深みがあり、全く違うキャラクター像として楽しめました。
■ 松永玲子さんの役者魂
驚いたのが、松永玲子さんです。登場した瞬間、足にギプスをしており「骨折している役なのかな?」と思っていたのですが、劇中で演じる2役(姉妹役)とも足が悪い設定になっていました。 「同じ舞台上に足の悪い女性を(智順さんも含め)複数人出す意図はなんだろう?」と鄭義信さんの演出意図を深読みしていたのですが……終演後に掲示を見てびっくり。なんと「演出本人の骨折のため演出を変更しています」とのこと! 骨折をおして出演された松永さんのプロ根性と、それを逆手にとって演出に組み込んだチームの底力に感動しました。
■ チョン・スヨンさんの日本語
三女・美花役のチョン・スヨンさんは、終演後に配役表を確認するまで日本人だと思い込んでいたほど日本語が流暢でした。韓国での上演時に現地の観客がどう感じたのか、非常に気になるところです。
「万博」が繋ぐ、1970年と2025年
この物語は、高度経済成長期の大阪、伊丹空港のすぐそばにある不法占拠の集落が舞台です。 時代設定は、ちょうど1970年の大阪万博を挟んだ約1年間。奇しくも、私たちは今年2025年の大阪・関西万博を経験したばかりです。
劇中では、万博の華やかさの裏で、廃坑になった炭鉱や工事現場で日雇い労働者として使い捨てられる在日韓国人たちの悲哀が描かれます。2025年の万博を楽しんだ自分自身の体験と重ね合わせることで、当時の人々にとっても万博がいかに大きな希望であり、同時にお祭り騒ぎであったかが肌感覚として理解できました。 万博イヤーである今年にこの作品が再演されたことには、大きな意義があったと感じます。
激しい喧嘩と、美しいラストシーン
本作の特徴として、とにかく家族間の喧嘩が激しいことが挙げられます。口喧嘩だけでなく、取っ組み合いの喧嘩へ感情を一気に爆発させる様は、日本のホームドラマではあまり見られない熱量です。韓国ドラマなどで見る感情表現の豊かさに通じるものがあり、それが家族の絆の強さを逆説的に物語っていました。
そして、ラストシーン。 映画版でも記憶に残っていた「家族がバラバラになる」結末ですが、舞台版のラストは極上の美しさでした。 桜が散る中、アボジがオモニをリアカーに乗せて去っていくシーン。中劇場の空間全体に桜が舞い、その中を二人が進んでいく光景は、涙なしには見られませんでした。
脚本、演出、そして日韓の俳優たちの熱演。すべてが噛み合った素晴らしい舞台でした。間違いなく、今年観た舞台の中でベスト3に入ります。
かつての大阪のバラックで懸命に生きた人々のエネルギーを浴びて、久しぶりの新国立劇場を後にしました。素晴らしい観劇納めとなりました。

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