会話の雰囲気を大切にしようとしている意気込みは買えなくもないが、いかんせんストーリー展開及び演出がくどすぎる。将来的には面白いものを生み出すかもしれないが、まだまだ未熟としかいいようがない。
劇団 | R-vive | ||||
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題名 | One-Sixth〜偲ぶ為に僕らの出来る事~ | ||||
公演期間 | 2001/12/21~2001/12/22 | ||||
作・演出 | 藤井ごう | ||||
出演 | 北大輔,雑賀克朗,吉本収一朗,本城憲,志賀麻登佳,以倉いずみ,風村綾乃,酒井由貴,和田遊子,藤井ごう,大久保ひとし,伊藤勇人 | ||||
アートシアターかもめ座(阿佐ヶ谷) | |||||
観劇日 | 2001年12月22日(マチネ) |
<<ストーリー>>
5人の何でも屋が葬式の参列を頼まれた。いってみると参列者は自分たちだけ。なんとか故人を知らないことを悟られないうちに退散しようとするが、故人の死に方が、自分でピストルで頭を打ち抜いたと聞き、段々事実を究明することに興味を持ちはじめる。
<<感想>>
過去にあった事実を残った証言から少しずつ再構成していくストーリーは、多くある。芥川の「藪の中」なんかがそう。今回の芝居は、まさにそういう位置づけのストーリー。
意味のない会話の繰り返しが日常であるという考えが、根底にあるのだと思うが、聞いていて何も情報を観客にもたらさないせりふが非常に多い。
そういうせりふの繰り返しも、うまく使われていれば非常に心地よいものになる。しかしうまく使われなければ、単にくどいだけのものになる。
今回の芝居は、微妙な部分で後者にあったような気がする。
従来の芝居に比べれば、少し新しい試みを試そうとしているのはわかるが、それほど斬新な脚本であるわけではない。(どこかで見たことのある演出に終始している。)
特に途中で、くりかえされるフラッシュバック的な手法で直前のシーンを繰り返す方法は、単に、芝居の冗長性を助長しているような気がして感心しなかった。
結果的に、全般として非常に長い(実際に長いわけではない)印象を観客を与えているのはこの芝居の損な部分だと思う。
ストーリー展開、作りこみの部分でもう少し観客の立場に立ったテンポのある芝居を作ってもらえばもっと観やすくなるのにと思った。
ラスト近くで、「実は…」というふうに再度、仮説をひっくり返すシーンは、この芝居に限れば不要に思えた。あまりにもありきたり過ぎる気がした。
脚本の構成力には、巧妙さを感じる。もう少しよくなれば….その思いが全体に辛口な批評になっている原因だと思う。