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[書評]世界中が沈没!?「華竜の宮」上田早汐里@ハヤカワ文庫

久しぶりに日本のSF作家の長編を読みました。初めて読む作家でしたが、ファンタジー調の世界観と近未来的テクノロジー社会の交錯する世界観に魅了され、予想外のストーリー展開に圧倒されました

目次

読んだことのない作家を求めて

最近は、本を選ぶときにどうしても読んだことのある作家さんの作品を買ってしまう傾向にあります

本屋に通っていた頃は、それでも本屋の中をふらついていて、これは…という作品をジャケ買いならぬ表紙買いしていたが、書籍の購入の9割以上を電子書籍に切り替えた影響で新しい出会いがなくなっているように思います

この作家はそのようなジレンマの中で、ネットで面白いSFとか、SFの書評サイトとかで興味を惹かれる作品として目をつけて購入しました

とはいえ最後の決め手は日本SF大賞受賞作(2011年第32回SF大賞受賞)だったから

権威に弱い…

ここからはネタバレします

本の煽りと、書き出しの違いに違和感

本の煽りは、海洋に暮らす民と陸上の民の対立を示す大激変後の世界

ところが、書き出しはびっくりするくらい日常の日本の東京の光景から始まり実は少々面食らった(幕張で開催された学会に参加した地球惑星学者が有楽町で旧友と飲み交わすのがプロローグ)

この書き出しで語られる「可能性」が現実化した世界こそが、この話のメインの舞台である世界になります

海面上昇による世界の大半が海になってしまった中で、地上では生ききれない人類を海上での生活に適応すべく遺伝子改変が行われている海上民

魚舟と呼ばれる海洋生物と共存する海洋民が、文字通りその舟と血がつながっているという少し(自分としては)グロい世界観ももしかしたらファンタジーとしてならロマンチックにうつるのかもしれない

魚舟という巨大な魚とも船ともつかぬ生物の上に生活の拠点を築き、共生する海上民とは真逆のテクノロジー満載の世界で、現代と同じようなドロドロの国際政治を行っている陸上民との対立、対比がこの物語のひとつの軸になっています

まさかの視点キャラクターが人工知能

視点キャラクターを主役として振る舞う青澄(海上民に親近感を抱く陸上民の外交官)本人ではなくそのアシスタントを行う人工知能にするというアイデアは、秀逸でした

あくまでも主人公として冷静さと人間的な情動の元に動く青澄をかれに常に密着し、それでいて第三者として冷静に分析しながら語る語り方が、分かりにくくなりがちな特殊な世界観に溶け込むためにとても有効な視点設定でした

人工知能が重要な役割を果たすSFは多数あるし、アシモフのロボットシリーズなんかではロボットと人間が二人三脚で事件の解決にあたるというのはある意味古典と言っても良い設定ですが、視点が人工知能側にあるのは初めて読んだ気がします

SFだから成り立つ特有のキャラ設定です

しかも、このキャラクターが物語終盤で独自の役割を果たすところも意表を突かれました

ちゃくちゃくと話が暗くなる

基本的には地球規模の災厄に対して人類の無力さをましまざと思い知らされる話です

この物語は、ほとんど絶滅の危機に遭った人類が色々な問題を抱えているにしてもなんとかバランスを、保って再度繁栄に向かおうとしている世界の過渡期を描く物語として始まります

地上民による海上民の搾取とか、海上民の同胞とも言える魚舟から派生して陸上民の脅威となった獣舟の凶暴化など、物語前半でかたられるこの世界の情勢は、主人公が立ち向かって行くには充分な強敵です

ところが、そのすべての問題が吹っ飛ぶような危機が訪れることになります

表題に書いたとおり世界中が既に相当沈没している世界ですが、更に大規模な地上がほぼ人間が住めなくなりかねない災厄に見舞われるという後半の展開はかなりのものです

ちなみに、著者は小松左京SF賞で世に出た作家さんとのこと、その小松左京も真っ青の世界の破滅を見事に描いてくれています

人類の健気さと根底に流れる爽やかさ

それでも、全体として流れる印象は爽やかさの方が勝ります。

青澄という外交官による外交戦は、国家連合同士のみでなく、陸上民と海上民との間でおこなわれます
ときには、血なまぐさい戦闘さえも起こります

しかし、この青澄という主人公の純粋な気持ちと強い思いが破滅的な世界においても一縷ののぞみがあるように感じさせてくれます

また、海上で暮らす人々の死生観のようなものも割とサバサバしていて人類滅亡の危機の悲壮感が薄らぎます

そして、科学の力を信じ、なんとか人類を生きながらえさせるために反目するのではなく協同しようする数少ない人々のちからが結集していく様もなかなかのものです

色々悲惨なことが待っていそうな未来(実は、続編小説があり本当の災厄に見舞われる世界は別の小説で描かれているらしい)にむけ、今生きる人々が精一杯できることをやってつなげようとする姿に少し胸が熱くなるものを感じました

寝不足必至の疾走感のある筆致

久しぶりに先が気になってすごい速さで読み終えることができた小説でした
最近紙の本で読まないので、いまいち本の厚さがピンとこないのですが、文庫として上下二巻に分かれているくらいなので、それなりのボリュームがあるほうだと思います

続編(真紅の碑文)、また時間ができたら読もうと思っています


久しぶりに好きな作家さんが一人増えたのが何よりも嬉しい