[劇評]マコンドープロデュース「祖国は我らのために」@すみだパークスタジオ倉

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骨太の歴史劇にして群衆劇。群衆劇にありがちなのっぺりとした人物像ではなく、個別の登場人物がしっかりと描かれ、自分自身が革命の中に巻き込まれるような眩惑にとらわれる。独特の没入感に、時間を忘れたものの、2時間10分という長尺の舞台後は、劇場のパイプ椅子でお尻がいたくなったのも事実。再演があれば、また是非足を運びたい舞台でした

 

劇団 マコンドー・プロデュース
題名 祖国は我らのために
公演期間 2017/05/182017/05/28

古川健

演出

倉本朋幸

出演 池田海人:ニキータ いしはらだいすけ:ドミトリー、委員1 いまい彩乃:カーシャ、娼婦1 加藤理恵:イリーナ(姉・衣料工場) 金井浩人:メンシェビキ代表、書記、兵士1 小林春世:マリア(衣料工場の中の労働的 小林涼太:モロトフ、工場主、兵士 織詠:タチアナ 佐藤修作:スターリン、兵士 清水みさと:ソフィア 須貝英:ニコライ 須田彩花:ディアナ、娼婦2 関幸治:ミハイル 関淳平:労働者1、兵士、幹部1 田中あやせ:アドリアーナ 辻井彰太:キリル(銃器工場でソヴィエトを創るべく最初に立ち上がる)、兵士 でく田ともみ:ミラナ 照井健仁:トロツキー、兵士 德岡淳司:労働者3、兵士、幹部3 永嶋柊吾:アレクセイ 長田典之:支配人、支援者、委員3、兵士 中野匡人:夫、労働者2、兵士、幹部3 中村大悟:工場長、委員2、兵士 野村亮太:委員4、兵士2、警官1 藤田順子:妻、エラ 殖田育夢:会計係、兵士3、警官2、幹部5 前川晴香:ディナラ 松井薫平:イワン、兵士 松本なお:アンナ 山脇辰哉:労働者4、兵士4、幹部4 与作:マキシム、兵士 米田敬:カーメネフ、兵士 渡邉力:アルチョム 井上裕朗:レーニン 康喜弼:ガボン神父、ケレンスキー
 劇場
すみだパークスタジオ倉(東京スカイツリー)
観劇日 2017年05月27日(マチネ)

目次

物語(公式HPより)

1917年ロシア歴2月、帝政ロシア首都ペトログラード。
圧政と世界戦争の長期化によって市民たちは、その日のパンにすらありつけない貧しい生活を余儀なくされていた。
彼らの目の前にはまばゆい宮殿。
贅沢な生活を思うさま楽しむ一部の貴族、資本家。
やがて貧しい市民の心に怒りの炎が宿る。『革命』という名の炎が・・・。

「20世紀最大の事件」と呼ばれたロシア革命。

名もなき若者たちは立ち上がり、強大な旧権力に戦いを挑んだ。その戦いの先に理想の社会を夢見て

ほぼ直感で選びましたが、大正解の舞台でした。

今年になってから、中々芝居を予約して観に行くということができていません。今日も当日券狙いで芝居を見ようと思い立ちました。当初は、別の舞台を観に行くつもりだったのですが、corich舞台芸術で、たまたまこの舞台の情報を知りました。
ダメ元で出かけましたが、早めにいったおかげで、当日券として並んだお客さんの中では1番\(^o^)/。

それでも、キャンセル待ちで、なんとか一番下手よりの席を確保しました。(一番前から2番めだったので、迫力はあってよかったのですが、やはり端から見ることになるため、目の前に立つ役者さんの影で真ん中の芝居が見えない所があるのは残念でした。)

実に35人もの役者が縦横無尽に…

 まずは、始まりの血の日曜日事件のシーンで、登場人物の多さに圧倒されました。割りと年齢的にも近い感じの男女がこれほど多く出ている舞台はあまり記憶にありません。

 ただ、群衆がバラバラと動いているというよりも、マスゲームのような縦横無尽に歩き回るさまは圧巻です。すみだパークスタジオはけして小さな劇場というわけではありませんが、さすがにこれだけの役者が同時に舞台にいると、そういう規律のようなものが舞台上にあることで、全体として人数の割にスッキリした印象をもつこともできました。

台詞の一部は縦横無尽に舞台を歩きながら語られていました(別に屋外のシーンとは関係なく、少人数でもそういうシーンがあった)。最初は戸惑ったが、途中から法則性にきづきました。アクティブな組織の会話は歩き回りながら語られていて、静的な組織の会話は立ち止まって語られています。革命勢力の会話は、歩きながら行われる事が多く、臨時政府や政府の役人っぽい台詞は静止して立つ会話で行われていました。

演出は、わかりやすさを旨にされていると感じました。

35人に渡る出演者がいますが、けしてそれが登場人物の全てではありません。その為、かなりの出演者が複数の役を演じています。ともすれば、誰が誰やらということになりかねませんが、衣装の色を揃えることで、誰なのかわかりやすくなっていました。白い民衆と黒い政治家たち。スターリン、トロツキー、レーニンと言った革命の志士たちも、黒い衣装だったのは後々の事を考えればやはり民衆とは反対サイドの人たちだったということでしょうか?

ただ、そうすると最後にスターリンが白服に変わるのはちょっと納得いかないのですが…単に、黒のトロツキーやレーニンとは逆の立場ということだったのでしょうか?

印象的なシーンの多い舞台でした

マスゲームのように、歩きながら隊列を整えたり、腕を組んだり、十字型に舞台上をまわったりというシーンはどこか学生時代の体育祭を思い起こしてしまいます。それだけに、複数の男性の肩の上に人が立ち上がるシーンは、まさに組体操!

レーニン役の井上裕明さんが、結構な長尺の台詞を話しながらそんなことをしていて、「わ、わ、危ないなぁ」と思ってみていたら、立ち上がった彼が人差し指立ててまっすぐに手をのばすあのレーニン像の姿に。
思わず息を飲む印象的なシーンでした。
その後、後ろ向きに倒れた所も昔ニュースで見たようなシーンの再現でした

ラストシーンのソ連建国後のクライマックスシーン。真っ赤な照明の中をアングラテント芝居の如く降り注ぐ雨は、粛清と虐殺に彩られた建国後の血の雨を表していたのだと思います(この血の雨の中、スターリンによるトロツキーの殺害を思わせるシーンが現れる)

これも、忘れられないシーンになりそうです。

歌、叫び、演説の使い分け

勿論、通常の芝居同様に台詞のシーンもあるのですが、民衆の歌、そして、ソヴィエト(ここでは後の国家の名前ではなく、労働者が結成する組合のような意味?)の設立や、デモの中での叫び、そして革命を先導するレーニン、トロツキー、そして裏切り者のケレンスキーなどの演説はどれも聴かせる練られたものでした。

ちなみに、題名の「祖国は我らのために」というのは、ソヴィエト連邦の国歌。何度も繰り返される劇中の歌はこれだったのでしょうか。すみません。動画で聞いても、記憶の中の歌と一致するのかさえよくわかりません。 この舞台の題名が、ソ連の国歌の曲名だったことは、このブログを書こうとして、グーグルで公演情報を確認しようとして初めて知りました。orz

視点の設定が巧みで、脚本の巧みさを感じました。

物語は、この歴史的な転換点を小さな家族の視点で捉えています。兄(ニコライ)、姉(イリーナ)、弟(アレクセイ)の3人は貧しく、工場で働いたり、軍に兵隊として勤務していたり、当時のロシアで最も普遍的な人です。その各々の目から見た歴史を語られるという筋立ては、ロシアの革命というものの意味を改めて考えさせられる作りでした。

こんな小さな家族の小さな願いさえ、叶えることができなかった革命とは何だったのか、少しこの時代のロシア史を勉強したくなってきました

歴史の転換は70年くらいなのかなぁ

この物語の主な舞台は、1917〜の第一次世界大戦の真っ最中。この時代に成立したソ連はそこから72年経った(建国からは69年たった)1989年に倒れた。 日本も、1868年に維新という名の革命で政権が変わり、72年後の1940年に第二次世界大戦に突入。そして、八月革命とさえ言われる戦後が1945年に始まる。それから、72年立った今、6人の1人の子供が貧困と言われるほどに格差が広がった。考えすぎかなぁ、社会のシステムが古びてしまうのには一定のサイクルがあるのかなぁとこの芝居を見終わって思いました。

とりあえず、こんなのを読んでみようとか想う。

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